
AIと人が共創するコンセプト開発 ~CREATIVITY ENGINE BLOOM Vol.2
「CREATIVITY ENGINE BLOOM(クリエイティビティ エンジン ブルーム)」は博報堂DYグループが開発する新たな統合マーケティングプラットフォームです。グループが持つデータやツールを統合し、戦略立案やビジネス開発支援、社会課題解決のアクションを生み出します。
CREATIVITY ENGINE BLOOMに搭載された各モジュール/プロダクトの開発の背景や意義、主な機能、利活用のメリットなどを伝える連載の第2回は「STRATEGY BLOOM CONCEPT」です。メディアでも「細田AI」の名で大きな話題に。プロダクトのベースとなった『コンセプトの教科書』の著者TBWA HAKUHODO の細田高広Chief Creative Officer(CCO)と、CREATIVITY ENGINE BLOOM全体をリードする博報堂テクノロジーズの木下陽介 執行役員、開発担当の豆谷浩輝とともに、プロダクトの魅力を伝えていきます。
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トップクリエイター、細田高広CCOのコンセプト開発手法をAIで再現
「STRATEGY BLOOM CONCEPT(以下、「CONCEPT」)は、TBWA HAKUHODO 細田高広CCOが提唱する「インサイト型ストーリー」という、数々の経験によって得られたコンセプト開発手法を学習したAIの支援を得ながらコンセプトの開発を行うことができます。ユーザーがクライアント企業の課題を設定すると、「ターゲット」「インサイト」「競合」「ベネフィット」についてAIが複数の候補を提案してくれます。ユーザー自身の感覚とも照らし合わせながらAIが提案した候補を修正していくことで、AIと人が共創してコンセプトを導き出すことができます。
24時間365日壁打ち相手になり、新たな着想に導いてくれるバディ
- 木下
- 細田さんは、「CONCEPT」を活用してみていかがですか?
- 細田
- 一般的にクリエイティブ職は、一人で黙々と考え、リサーチし、深堀りしていく時間が非常に長い職種です。ただ、本当にいいアイデアというものは、一人の人間の奥深くに眠っているようなものではなく、最終的には人と人との間にあるものだと思っています。いいと思ったアイデアを互いにぶつけ合うことで初めて、発見が生まれ、本当のいいアイデアにつながっていく。それこそ、博報堂が得意とする、雑談から始まるクリエイティブ会議のポイントでもあります。
同じことが、「CONCEPT」を使うことで、AIと人の間でも起きます。いきなりゼロからAIに丸投げするのではなく、自分で1時間くらいアイデアを練ってみてからAIに投げかけてみる。するとAIから、⼈間だけでは気づかなかった発想や、新たな問いに気づく提案があり、「自分はここまで至ってなかったな」「逆にここは自分のアイデアの方がユニークだな」など、類似する部分や差分が見えてきます。そのプロセスを経るからこそ生まれるひらめきが、確かにあると感じています。
- 木下
- 開発コンセプトの中でも、人とAIが壁打ちできるようなUIを想定してはいましたが、まさにそれが実感できるというわけですね。まるで24時間365日、自分のために頭を使ってくれるバディができるようなものですね。
- 細田
- まさしくそうです。
例えば「利用者が減った結婚式場の新たな活用方法を考える」というお題があったときに、結婚する若いカップルをターゲットに据え、一般的な結婚式とは異なる活用の仕方――セレブレーションに寄るとか、必ずしも家族を呼ばない会にする――などひとしきり考えてみたんですが、ふと「CONCEPT」だとどんなアイデアが出るかなと思ってお題を入れてみました。すると、最初に出てきたターゲットの候補がシニア層だったんです。近年は熟年離婚率が高まると同時に熟年再婚も増えているというデータも引用されていて、自分が「結婚=若い世代」という思い込みにとらわれていたことに気づかされました。そうした自分たちの死角に一瞬で気づくことができるのは、すごく画期的だと思います。
- 木下
- AIは答えを出してくれるものだと思われがちですが、答えを出すまでのプロセスの中で、また新たな問いや着想へと導いてくれることもある。コンセプトワークにおいては、むしろそちらの方に生成AI活用の可能性が感じられます。
また、私たちは誰もが思いつかないようなアイデアを求める一方で、そうしたアイデアは最初は受け入れられづらいものもあるため、すぐに世の中にも広まりにくいというジレンマがありますよね。個性を持ちながらも、どれだけ多くの人に共感してもらえるか。そのラインを探る難しさがあります。
- 細田
- 確かに、誰もが同意できるようなアイデアは、ある種予定調和になっている可能性があります。僕は、半数は強烈に「いいね」と思い、半数は「それって必要?」と思うような、賛否両論で議論が盛り上がるくらいのアイデアの方が強いし、面白いのかなと思っています。「否」という人たちをどうやって納得させられるかに、まさに次のクリエイティビティが生まれるのではないでしょうか。
- 豆谷
- 確かにそうですね。実は今、「AIツールを活用することで個人のクリエイティビティは上がるが、集団としてのクリエイティビティは低下する」という懸念も出てきています。最近のAIを使ったクリエイティブツールの傾向としても、個別で見ると面白いけれど、広く見ると同じようなことを言っている、という研究結果も出ている。「CONCEPT」においても、全体としていかにクリエイティビティを拡張させていけるかという観点は、継続的に検討していきたいです。
- 木下
- 私も過去の仕事の中で、著名なクリエイティブディレクターが「表現がストレートすぎる」「もう少し表現に“裏切り”が必要だ」と、ぎりぎりまで奮戦されている姿を見てきました。反論を呼び起こしたり、正しさだけではない表現を追究する姿勢に、博報堂らしさがあるのかもしれません。
- 細田
- アルゴリズム全盛のいまは特に、どこかでノイズや異常値、偏りがあるようなアウトプットじゃないと、世の中の反応を得られない時代になってきていると思います。だからこそ「CONCEPT」を使っていても、自分には思いもつかないような、突飛で、異常値をはらんだアイデアが出てくることを期待してしまいます。ガチャポンを引くのと近い感覚かもしれません。
思い込みを否定するプロセスから生まれる、これからの生活者価値の探究
- 豆谷
- 開発側の人間としては、細田さんのお名前をお借りしている以上、どこまで振り切れるか、どこまで遊べるかという点については、かなり模索しました。先駆的な取り組みなので手探りでやるしかありませんでしたが、大きな挑戦でしたね。
- 木下
- そういう意味では、こうしたAIにとって「細田さんらしさ」はどれくらい意味を持つものでしょうか?
- 細田
- アウトプットにおいて「細田らしさ」を出す必要は全くないと思います。それだと生活者発想とは離れてしまうし、目的はあくまでもその人の最適解が見つかることですから。ただプロセスにおいて、自分ではない誰かの、研ぎ澄まされたやり方がそこにあるということ自体は重要だと思います。僕のフィードバックを通して、その人らしさがより強化され、届きやすくなっていき、結局は使う人らしいアイデアに帰結していく。それが今後「CONCEPT」の目指すところでもあると思います。
- 木下
- 自分の名前が出る以上はこだわりたいと思ったところはありますか?
- 細田
- 常に何か一つ裏切りがあって、今までの文脈ではなかったことをやれたら、とは考えています。「CONCEPT」においても、「〇〇だけど〇〇ではない」という変革話法でインサイトワークを行ったり、競合コンペの設定で、競合をどう否定するか――つまり「普通だったらこうだ」という一般的な解をいかに否定するか、という視点をあえて盛り込んだりしています。ほかにも、「言葉になっていないことを見つけましょう」「他がやっていないことに価値を見つけましょう」など、テキスト上にないものをどう見つけられるかに重点を置いている。ある意味AIらしくない使い方ができると思います。
- 豆谷
- 昨今のAIは、ユーザーに対して迎合的になるところが批判の対象になっていたりします。その点「CONCEPT」では、細田さんならではの、一度思い込みを否定するというプロセスも入っていて、いわゆる一般的なAIの使い方からは一歩進んでいるのではないかなと自負しています。そこは、博報堂らしいアウトプットにもつながっていく重要なポイントだと考えています。
- 細田
- 現在のデータマーケティングは、「こういうデータがある」「こんなファクトがある」というところから解を出すことが多いですが、「CONCEPT」では「こんなこと言っているけど本当はこっちじゃない?」というところを見つける設計になっています。生活者事実ではなく、まさに博報堂が追究する生活者価値を見つけるということ。正解は押さえつつも、その「別解」に向けてナビゲートしていけるものだと思います。
トップクリエイターの手法 型化で社員全体のスキルを底上げ
- 木下
- 開発にかかわった豆谷さんから、「CONCEPT」の開発のきっかけにとなった背景について教えていただけますか。
- 豆谷
- 博報堂DYグループ内にはもちろん、マーケティング分野における知見やノウハウが豊富にありますが、個人やチームの流儀やナレッジがサイロ化し、なかなかグループ内で広く共有されにくいという課題がありました。生成AIを活用するニーズの高まりもある中、プラニングプロセスの一部をAIに担わせることで業務を型化し、博報堂DYグループ全体のコンセプト開発スキル底上げを図ることはメリットが大きいと考え、今回のプロダクト開発に至りました。
- 木下
- このプロダクトは細田さんの著書『コンセプトの教科書』がベースとなっていますが、そもそもこの本を書くことになった経緯を教えていただけますか?
- 細田
- もともとは、クライアントのとあるメーカー企業に向けて開発した研修パッケージだったんです。対象としたのは、マーケティング部門ではなく、製品開発や商品企画を行う部門です。特に普段コンセプト開発に馴染みのない、エンジニアの方々のコンセプト開発能力を向上させたいというご相談でした。2週間ほどの教育プログラムからスタートし、3回で完了する短縮版や特定のスキルに重点を置いたバージョンなど、10年近く、様々なプログラムを提供していたところ、それを知った出版社の方から書籍化のお話をいただきました。エンジニアの方が対象だったこともあり、プログラム自体がステップごとに簡潔に設計できていて、書籍にしやすかったという一面もあります。
- 木下
- 体系化する中でこだわった部分はありますか。
- 細田
- よくあるマーケティングのフレームワークをそのまま踏襲すると、どうしてもアウトプットが予定調和なものになってしまいます。その予定調和をできるだけ破壊できるよう、何かしら新しい発見が生まれるように導いていくことにこだわりました。
たとえばインサイトひとつとっても、想定内のことではなく、あえて言語化できないインサイトを探していく。また、ただ漠然と競合を見ていても、相手の強みばかりが目についてしまうと打ち手が見つけられなくなってしまうので、相手の弱いところ、ここは勝てるという部分を見る。とにかく“普通”の思考に陥ることなく、新しい価値の発見につながるように構成しました。
- 木下
- 「CONCEPT」では、書籍の中で細田さんが体系化したマーケティングプロセスを、豆谷さんの手で実践的なツールに昇華させたということになります。豆谷さんが開発で苦心したところはどこですか?
- 豆谷
- まずは『コンセプトの教科書』をひたすら読み込むことから始まりました。書籍はコンセプト開発のhow toは教えてくれても、もちろん個別の案件に対して何が正解かまで書かれてはいません。AIが出してきたアウトプットをどう評価すべきか、自分ひとりで判断することの限界を感じていました。そこで、とにかく社内のさまざまな方へのヒアリングを重ねることで、AIのアウトプットと現場のニーズとをすり合わせていくことにしました。
私自身、実は博報堂に転職して最初に手掛けるプロダクトだったこともあり、博報堂らしさを活かしつつ細田さんの思考法を反映させていくという過程は、かなり苦労しました。しかし、試行錯誤を重ねた結果、細田さんと直接やり取りしてきたチームメンバーからも、「細田さんのアイデア発想がまさにAIから出てくる感じ」と評価していただけるクオリティを実現しました。
- 木下
- 博報堂の場合、インサイトの定義ひとつとっても、それぞれの社員がこだわりの解釈を持っていますよね。
- 細田
- そういう意味では、僕はごく平均的な博報堂プラナーとして、マーケティングを体系化していると思っています。無個性というわけではなくて、非常にフラットな立ち位置から博報堂の「生活者発想」を体現しているということです。ユーザーの視点、生活者の気持ちを考えるところから入り、次に他社について考え、クライアントに再度「こういう価値があるのではないか」と戻す。3Cの順番を含めてシンプルではありつつも、非常に博報堂らしさが詰まっていると思っています。
- 豆谷
- そもそもコンセプトワークというものは、ストラテジックプラナーやクリエイティブ職が手掛ける専門性の高い業務ですが、マーケティングの専門家ではない私の目線も入ることで、コンセプト開発が初めての方にも使っていただきやすい設計にできたのではないかなと思います。実際、「CONCEPT」を使われている半数の方は営業職で、特に、クライアントとのディスカッションやクリエイターとの打ち合わせのたたき台を持参するタイミングでよく活用されているようです。
またクリエイティブ職の方々にとっても、「CONCEPT」を使うことで実際に細田さんと壁打ちしているようなレベルで内容を精査することができ、ある程度自走できるようになったという話も伺っています。
AIによる業務効率化で、より高い精度・密度のコンセプト開発が可能になる
- 木下
- 「CONCEPT」開発の目的の一つに、マーケティング業務の効率化があります。AIが当たり前の世の中になってきたとき、私たちの働き方にはどのような変化があるでしょうか?
- 細田
- こうした先端的技術の活用には、「置き換え」と「エンパワー」の2つの側面があると思います。前者は、自動運転のように、その技術が人間の行動や作業などの肩代わりをしてくれるパターン。後者は、その技術があるから、人間がもっと先を目指せるというパターン。例えば、スポーツメーカーのインソール技術の向上によって、アスリートがより効果的に効率的にトレーニングできるようになってきていますよね。「CONCEPT」はじめ、クリエイティブ系のAIには「エンパワー」する存在であってほしいですね。
先日、ある著名な映像監督も、何か突飛なアイデアを探りたいときはAIを使うと発言されていました。思いもよらなかったアイデアが出てくると衝撃を受けて、それを超えるものをつくろうとまた考えるそうです。そういう使い方であれば、集合的なクリエイティビティも低下することなく、もっと遠くに行けるようになると思います。
- 木下
- 確かにそうですね。このモジュール群は「CREATIVITY ENGINE BLOOM」というように、あくまでもエンジンなわけですから。AIによって業務が効率化される結果、単純に作業時間が減るというよりも、アイデアの深堀りや本質的な議論にかける時間が増えることで、より高い精度、密度のアウトプットが出せるようになる。それがAI活用の本来の目的であるべきだし、「CONCEPT」が目指していることだということですね。
開発者の観点からはどう思いますか?
- 豆谷
- AIをはじめとする様々な技術が進化していく中で、我々開発やエンジニアが、個人や組織のクリエイティビティに直接的に貢献できる部分が増えてきています。どれだけ私たちの技術力を活かして、クリエイティビティを広げていけるか。皆さんと連携し、試行錯誤しながらより良いツールをつくっていきたいと考えています。
今後はほかのトップクリエイターやマーケターの方の発想法やノウハウを、AIも活用しながらサービス化していき、社員が共有できるような状態にしていけるといいかと考えています。そういったスキル特化型のAIサービスプラットフォームのような形の開発も、中長期的な目標として掲げていきたいです。
- 細田
- 広告業界にこだわらずに、著名なテレビプロデューサーの方や、脚本家、放送作家の方など、ユニークな思考を持つ方々のメソッドを追体験できるようなツールができると面白いかもしれません。
- 木下
- それは面白そうですね。豆谷さんもこれからますます忙しくなりそうですね。
お2人とも、本日はありがとうございました!
この記事はいかがでしたか?
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博報堂テクノロジーズ
執行役員 兼マーケティング事業推進センター センター長2002年入社。マーケティングやコンサルタント職として多数業種を経験。2010年より研究開発職としてマーテク、アドテク、AIやXR技術を活用したマーケプロダクト開発を推進。2024年よりCREATIVITY ENGINE BLOOMの開発責任者として、統合マーケティングプラットフォームの開発を多数推進。またコンテンツビジネスラボのリーダーとして、コンテンツを活用したマーケティング支援、コンテンツホルダーのビジネスを推進。
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TBWA HAKUHODO
Chief Creative Officer(CCO)博報堂、TBWA CHIAT DAY(LA)を経て現職。企業ビジョン、事業コンセプトから、ブランドコミュニケーションまでを一貫して手がける。カンヌ金賞、ACCグランプリなど国内外で受賞多数。2023年、Campaign誌によってアジアにおけるクリエイティブリーダー・オブ・ザ・イヤーに選出された。近著に『コンセプトの教科書』(ダイヤモンド社)がある。
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博報堂テクノロジーズ
マーケティング事業推進センター 開発推進3部2018年、言語学習サービスを創業。AIを活用したコンテンツ制作手法を確立し、動画プラットフォーム上で10万人を超えるフォロワーを獲得。2020年、インターネット関連企業にて機械学習エンジニアとして、音声AIの研究開発に従事。2023年、博報堂入社。テクノロジストとして、先端技術を用いたR&D、プロトタイプ構築から本番開発まで一貫した開発をリード。2025年4月より現職。